赤とんぼの1分間ショートストーリー

赤とんぼの1分間ショートストーリー

(1分で読めるくらい)短い物語

愛情メーター

 「親の子どもに対する愛情が大きければ大きいほど、頭脳明晰、高収入になり将来大金持ちになる」と、ある学者が発表した。この直後から日本中が「愛情フィーバー」に包まれ、アラサーの俺が働くガソリンスタンドにもたくさんのお客さんが来るようになった。

 俺の働くガソリンスタンドは少し特殊で、「レギュラー」、「ハイオク」、「軽油」の隣に「愛情」と書かれたメーターがあり、「愛情リキッド」を入れることができる。この液体を料理に使ったりお風呂に入れたりすると、子供が受け取る愛情が倍増するのだ。一ミリリットル十円のこの液体を、各々が持ってきた一リットルサイズの「愛情ボトル」に今日も注いでいく。

 よく来る軽自動車がやって来た。愛情フィーバーになる前から愛情リキッドを注文しているお客さんで、母親の運転する車の窓からよく小さな女の子が顔を覗かせて「まんたんのにいにだ!」と手を振ってくれる。ガソリンも愛情もいつも満タン入れるので「まんたんのにいに」と呼ばれるようになったのだが、今日はその女の子の声がしない。運転席の窓が開くと、黒い服に身を包んだ母親が「ガソリン、満タンで」と俯きながら言った。

「今日も愛情満タン入れますか?」

 俺が尋ねると、母親が突然泣き出した。

「もうね、必要ないの。今、お葬式があって……。あの子、3日前に交通事故で死んじゃったから」

「えっ、そうだったんですか……」

「3年前に病気で亡くなった父親の分まで娘には愛情を注ごうと思ってたのに、その娘まで失うなんて……。私にはもう、愛情を注ぐ相手がいないの」

「……わかりました」

 俺は目の前で泣く女性に何かしてあげたかった。

 数分後、ガソリンが入った。

「ガソリン満タン入りました。あと、サービスで愛情も入れておきました」

「え? 愛情ボトル渡してないのに。それに愛情メーターも“0”のままじゃない」

「えぇ、愛情リキッドではなく、本物の俺の愛情を、ガソリン入れる時に一緒に注いじゃいました。だって愛情は、子供だけに注ぐものじゃないですから。今悲しんでるあなたへ、俺からのとっておきの愛情をお送りします」

「ありがとう」

 

 これをきっかけに、二人は親密になり、交際し、そして2年後に結婚した。二人の愛の炎は、まるでガソリンのように、一度点いたら誰にも止められないくらい大きく燃え上がった。そして今では、二人の間にできた女の子と一緒に幸せな家庭を築いている。